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岐阜地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決

原告 今尾谷治

被告 岐阜南税務署長

訴訟代理人 宇佐美初男 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「被告が昭和二十八年八月二十四日なした原告の昭和二十五年度分所得税課税標準額を事業所得につき金十七万円、給与所得につき金八万五千円とした更正決定の内給与所得に関する部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告は請求原因として次の通り述べた。

(一)  原告は税理士を業とする者であるが、被告に対し昭和二十五年度分事業所得課税標準額を金十七万円と申告した。

(二)  ところが、被告は、昭和二十八年八月二十四日原告の所得税課税標準額を事業所得につき金十七万円、給与所得につき金八万五千円合計金二十五万五千円とする旨の更正決定をなし、同日その旨原告宛送達通知した。原告はその内容を問合わせたところ、右給与所得は訴外後藤織物有限会社(以下単に訴外会社と称する)からの認定賞与金十万円であることが判明したので、原告は、被告に対し同年九月三日頃より再々右訴外会社から給与を受けない旨申立てその取消方を交渉し、同月二十一日右更正決定に対する再調査の請求をしたが、同年十二月九日右請求は、訴外会社の法人所得の訂正なき限り取消し得ないという理由で棄却せられた。そこで原告は、昭和二十九年一月六日名古屋国税局長に対し右再調査の決定に対する審査の請求をしたが、右請求は同年五月一日前同様の理由で棄却せられた。

(三)  しかしながら、原告が訴外会社から何ら認定賞与を受けたことがないから、給与所得があるものとしてなされた右更正決定は、違法である。よつて請求の趣旨記載の通りの裁判を求めるものである。

二、被告は答弁として次の通り述べた。

(一)  原告主張事実中(一)及び(二)の事実は認めるが、(三)の事実は否認する。

(二)  被告は訴外会社の昭和二十五年七月一日から同年十二月三十一日までの事業年度における法人所得について調査したところ、同会社の申立以外に金三十五万円の売上洩れのあることが判明したので、これを認定賞与として支出されたものと決定し、その結果に基いて同会社に対する法人税課税処分をなした。右のことは、同会社もこれを認めているところであり、同会社は、右課税処分に対してなしていた再調査請求を取下げていた程である。而して被告の調査によると、右金三十五万円は、同会社の取締役である訴外後藤新平に金十五万円、同じく取締役である訴外山本透一に金十万円及び監査役である原告に金十万円宛いずれも賞与として支出されているものである。そこで被告は原告に対して同人の昭和二十五年度分の給与所得課税標準額金八万五千円(但し給与所得金十万円より所得税法第九条第五号に規定する金額を控除した金額)を同人の事業所得課税標準額金十七万円に合算して更正したのであつて、右更正決定に何ら違法な点はない。

三、原告は被告の右主張に対し左の通り述べた。

被告主張事実中、原告が訴外会社の監査役であること、被告が訴外会社に対しその主張の如き課税処分をなし同会社が之に対して再調査の請求をなしていたが後之を取下げたことはこれを認めるも、その余の事実は否認する。

殊に被告が訴外会社の売上洩れと称する金三十五万円は訴外後藤新平個人の他からの借入金であつて売上洩れでない。又被告が、訴外会社から原告が受取つたと称する金十万円は、訴外後藤新平個人より右借入金の内から原告の過去の税理士及び訴外会社の相談役としてなした勤労に対する報酬として受領し、之を訴外会社の増資分払込資金に使用したもので、被告主張の如く訴外会社から受取つたものでもなければ同会社の原告に対する臨時の賞与として受取つたものでもない。而して原告の右所得の性質は、所得税法第九条第十号の雑所得であつて被告主張の如く給与所得両条第五号)ではない。尚訴外会社が再調査請求を取下げたのは訴外会社は同会社に対する被告主張の課税処分を極力争つていたのであるが、被告は、名古屋国税局員三名の応援を得て再調査の請求の取下げを強要したため已むなく之を取下げるに至つたもので訴外会社としては決して被告主張の如く法人税更正決定並に認定賞与額を認めていたわけではない。

四、被告は右原告の主張は之を争うと述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告が税理士を業としていること、原告がその主張の如き昭和二十五年度所得税課税標準額の申告を被告に対してしたところ、被告は、原告主張の如く訴外会社から十万円の給与所得ありとして更正をしたので原告は、これを不服として被告に再調査を請求したこと、被告は、之に対し原告主張のような再調査決定をなし、原告は、更にこれを不服として名古屋国税局長に審査を請求したのに対し、同国税局長は、原告主張のような審査決定をなすに至つたことは、いずれも当事者間に争がない。原告は、昭和二十五年分の給与所得は全然なかつたにも拘らず、被告が右の如く十万円の給与所得ありとし、その課税標準額を金八万五千円とした更正決定は違法であると主張しているから、この点について考察する。被告が訴外会社の昭和二十五年七月一日から同年十二月三十一日までの事業年度の売上洩れ三十五万円を重役に対する認定賞与として法人税の課税処分をなしたこと、訴外会社は、之を不当として再調査の請求をなしていたが、後之を取下げるに至つたことは、当事者間に争なく、右事実に成立に争のない乙第一、第二号証、乙第五、六号証、証人後藤新平の証言により成立を是認すべき乙第七号証、証人後藤新平並に原告本人今尾谷治の各供述(但し以下の認定に低触する部分を除く)を綜合すれば、訴外会社は前記事業年度の売上洩れ三十五万円を昭和二十五年九月三十日頃重役に対する臨時の賞与として分配することゝし、監査役たる原告及び取締役たる山本透一が各自金十万円、同じく取締役たる後藤新平が残額十五万円を受取つたこと、右事実を蔭蔽するため訴外会社の資本金を十五万円から三十五万円に増資し原告等右三名が夫々受領したる金額に相当する金額丈出資したことしたことゝその帳簿上の辻褄を合わせるため右後藤新平は個人名義で同年十月二日株式会社十六銀行那加支店より金三十五万円を借入れ、習三日これを同支店に返済し、実質上右金員は後藤新平の手中に入つていないにも拘らず、借入金三十五万円を原告等三名の増資分払込資金に充当の形式をとつたこと(原告が訴外会社の監査役であることは当事者間に争がない)従つて原告の受領した金十万円は、原告主張の如くその主張の如く過去の勤労に対する報酬として受取つたものでないこと並に前記の再調査請求の取下も原告が訴外会社の代理人として課税処分を相当と認めて取下げたものであつて、原告主張の如く被告の強要によつて取下げたものでないことを認めることが出来る。右認定に反する甲第五号証の記載、証人後藤新平の証言並に原告本人今尾谷治の供述は措信し難い。又甲第六号証によつても青色申告開始以前の含み資産を課税の対象としないとの申出が税務当局からなされたことを認め得るに止まり、本件三十五万円が右に該当する旨の証拠となすことが出来ないから、同号証によつても右認定を左右するに足らない。

然らば原告が訴外会社から受領した金十万円は給与所得と認めるのが相当であつて、原告主張の如く雑所得と認むべきではないから、右金員を昭和二十五年分の原告の所得額に計上して給与所得課税標準額(給与所得金十万円より所得税法第九条第五号に規定する金額を控除した金額)を金八万五千円と認定した本件更正決定は相当であつて、何等違法の点がないものといわねばならない。

以上の理由により原告の本請求は失当であるから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 奥村義雄 小淵連 川口公隆)

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